第 71 集 (2010年05月)

 2010「総会」及び関連行事 その①
□ 安重根の遺墨「独立」
         「会員の夕べ」で国内初公開

  100年前の1910年、初代の韓国統監 伊藤博文を射殺したとして処刑された韓国の独立運動家・安重根が処刑1カ月前に書いたとみられる遺墨が安芸高田市の願船寺に保管されていました。   当協会は願船寺の設楽正純さんご夫妻の特別のご好意で、この遺墨をお借りし、6月15日(火)に開いた「会員の夕べ」で公開しました。
  国内では初の公開です。
  遺墨は縦33センチ、横66センチの和紙に横に大きく「独立」という文字があり、その左に庚戌二月 於旅順獄中 大韓国人 安重根書 と記されています。
  庚戌は安が処刑された年の1910年の年号。安の遺墨の特徴は署名の下に押されている手形の薬指が短いこと。これは同志と抗日を誓って切断したゝめです。こうしたことから、遺墨は本物に間違いない、と 韓国にある安重根記念館も認めていて、記念館には このレプリカが展示されています。
  遺墨が願船寺に保管されるようになったいきさつについて、設楽さんは「祖父の弟の正雄が、安重根と同年同月生まれで当時30歳。ウマがあったのか、安が書いてくれたものを持ち帰ったのでしょう」と話しています。
  遺墨は同日午後、安芸高田市の願船寺から会場のANAクラウンプラザホテル広島に運び込まれ、5時30分からの金容雲氏の講演に先立って、設楽さんご夫妻が除幕しました。
  当日の「夕べ」には会員や留学生など約280名が出席しましたが、はじめて見る安重根自筆の書を感慨深そうに見入っていました。   遺墨の初公開の模様はNHKニュースで当日、地元広島で放送されたほか、6月21日(月)には特集として全国放送され反響を呼びました。
  今回の遺墨公開にあたっては、韓国総領事館をはじめ、松江市の人間自然科学研究所の小松昭夫理事長、ソウル市の「安重根義士崇募会」など関係の皆様に多大なご協力をいたゞきました。改めてお礼を申し上げます。

除幕する設楽さんご夫妻
(左は講師の金容雲氏)

保管のいきさつを語る
設楽正純さん

左下に薬指を切断した手形が---

呉市の小村和年市長(右手前)
文光元領事(その後)

NHKの取材に答える
許徳行総領事(左)

国内では初の公開
参会者の関心を呼んだ

庚戌2月は1910年2月---
処刑1ヶ月前の作

遺墨の横であいさつする
安東善博会長

設楽氏と八千代病院グループ
姜仁秀会長(右)